嘉義県、太聖宮・媽祖神像の「重要古物」指定を申請

嘉義県、太聖宮・媽祖神像の「重要古物」指定を申請

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 台湾中南部・嘉義県文化資産審議委員会は、同県布袋鎮好美里の太聖宮で祀られている「魍港媽祖(魍港は好美里の旧地名)」と呼ばれる媽祖神像について、文化部(日本の文部科学省に類似)に対して「重要古物(日本の重要文化財に相当。国宝に次ぐランク)」指定を申請することを決めた。専門のチームに再鑑定を依頼した結果、明朝時代に作られたものであることが証明されたため。

 嘉義県文化観光局が6日に発表したニュースリリースによると、国立成功大学(台湾南部・台南市)の石万寿教授(当時)が1994年、太聖宮の「魍港媽祖」は中国大陸の湄洲(福建省)から台湾にやってきた台湾最古の媽祖神像であるという研究結果を発表した。これを受けて教育部は、1982年版『文化資産保存法』に基づき、学者や専門家らに鑑定を依頼。1995年になって、「魍港媽祖」が明朝時代に台湾にやってきた媽祖神像であることを認証する公式文書を発表した。

 嘉義県は2015年、太聖宮に祀られる「魍港媽祖」の神像を「一般古物」に指定。「魍港媽祖」はついに、法的な身分を与えられることになった。嘉義県は2016年、台湾中部・台中市にある私立逢甲大学の専門チームに依頼し、「魍港媽祖」の価値について、さらに研究を行うことにした。

 逢甲大学は、この地域の開拓史に関わる文献を整理し、媽祖神像のタイプやスタイルなどについて時代考証を行った。さらには、CTスキャンの撮影や塗り重ねられた塗装などについて科学的な分析を行った。

 まず、「魍港」の地名が出てくる最も古い記録は明朝の第14代皇帝、万暦帝の頃。これは、「魍港媽祖」の信仰が、この時代に生まれたことを証明するものとなる。また、「魍港媽祖」の神像は頭の高いところで髪をまとめ、座って両手を胸に当てている。こうしたスタイルは、各廟の「開祖」とされる媽祖神像の中では非常に珍しい、独特のもの。

 また、「魍港媽祖」が着用している袖口の広い服、それに「霞帔」、「雲肩」、「蔽膝」と呼ばれる礼服のスタイル、「腰繋革帯」と呼ばれる腰ベルトのようなものなどは、いずれも明朝時代の皇后や妃の服飾を模したもので、明朝時代の特色を持ち合わせている。神像はクスノキを素材とし、それに土を塗ったり、紙で裏打ちをしたり、「漆線」と呼ばれる手法で線を描くなど、中国大陸の泉州(福建省)地域に伝わる伝統工芸のスタイルを用いていることが分かった。このため、神像が制作されたのは中国大陸である可能性が高い。

 嘉義県文化観光局はこうした研究結果から判断して、「魍港媽祖」が台湾でも珍しい明朝様式の神像であるばかりでなく、歴史的な角度やその珍しさからして、国の「重要古物」に指定するだけの価値があると主張している。

Taiwan Today:2017年12月7日

写真提供:嘉義県文化観光局提供、中央社
 嘉義県文化資産審議委員会は、同県布袋鎮好美里の太聖宮で祀られている「魍港媽祖」と呼ばれる媽祖神像(写真)について、文化部に「重要古物」指定を申請することを決めた。専門のチームに再鑑定を依頼した結果、明朝時代に作られたものであることが証明されたため。