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10/10 戎總領事於國立九州大學台灣研究講座開講典禮「九州と台湾の強固な信頼関係」

九州と台湾の強固な信頼関係

 

国立九州大学「台湾研究講座」開講式

2017年10月10日       戎  義俊

~はじめに~

国立九州大学における「台湾研究講座」が、10月10日ついにスタートする運びとなりました。台湾の教育部(文部科学省に相当)はこの講座のために多額の助成をしており、西日本における台湾研究の拠点として、必ずや日台の歴史や文化の相互理解を進め、次の時代の交流に資するものと考えています。これらのことがこれまでの交流の良い点を承継するのみならず、それを越えて新しい交流を生み出すきっかけとなることを期待したいところです。

 

日本と台湾をめぐり、最近次のような4つの動きがありました。

一、2016年の台湾外交部(外務省)世論調査によれば、台湾国民が行きたい海外旅行先の第1位は日本、好感度を持つ国として7割以上が日本を挙げた。

二、これらを反映して台湾と日本の観光往来が昨年初めて600万人に達した。

三、1972年の断交以来「財団法人交流協会」という名前を使っていた日本の台湾駐在機関(大使館に相当)が、今年14日に「日本台湾交流協会」と名称変更した。

四、2017517日から台湾の対日交流担当機関の「亞東關係協會」が「台湾日本関係協会」へと名称変更した。

 

日本との観光往来については、正式な国交を持つ国との間でも600万人に達するところはありません。台湾の人口2,300万人に占める比率から考えても、いかに両国が深くつながっているか、世界一良好な関係にあるかがお分かりいただけると思います。また今回、日本の台湾駐在機関の名称に「日本」と「台湾」双方の文字が入ったことは大変意義深いものであり、単なる改名を超えている画期的なものです。これは今後、台湾が国交のない国とも、お互いの国名を呼び合うようになるなどの好影響を与えるものと確信しています。

 

一、台湾は世界一の親日国家

 

(一)ドキュメンタリー映画「湾生回家」について

 

台湾で昨年1月から「湾生回家」というドキュメンタリー映画が上映され、大ヒットし大きな反響を呼びました。「湾生」とは、戦前台湾で生まれ育った日本人のこと。台湾で生れ育った日本の老人が60数年ぶりに懐かしい台湾の故里を尋ねるというストーリーです。日本の敗戦後、台湾にいる日本人は台湾生まれであっても強制的に日本に送還されました。その数は、軍人・軍属合わせて50万人近くにのぼり、その内「湾生」は約20万人、その中の約2万人が九州人といわれています。

日本統治時代には、多くの九州人が台湾に渡り、他の日本人と同様「技師」としてインフラ整備に関わり、「医師」として医療・衛生に従事し、「教師」として教育に携わり、台湾の近代化に貢献されました。彼らは台湾で結婚し、子供をもうけ、その子供たちは出生から青春期までを台湾で過ごし、戦後、彼らが日本に帰国してからも、彼らの記憶の中にはいつも「台湾」という大きな信念があり、その塊が永遠に消えてなくなることはありません。現在でも九州には多くの「湾生」がおられ、台湾の「日本語世代」との交流を続けておられます。歴史において台湾と九州とは非常に深く関わっているのです。

 

(二)活発な人的交流

 

両国の人的交流は大変活発です。2016年、訪日した台湾人は429万人、訪台した日本人は約200万人、合計で約629万人もの往来がありました。ここ3年間、訪日の台湾人は毎年50万人ずつ増えております。台湾人観光客の消費額は全体で1,473.8億円にのぼり国別では第二位でありました。(第一位は中国の3,718億円。)日本観光の期間中、台湾人1人当たり平均14万円を日本に落とした計算です。

一昨年、福岡県内のホテルに宿泊した台湾人観光客は延べ45万8千人、昨年は49万8,280人と順調に伸びています。昨年は熊本地震の影響で、九州への台湾観光客が一時減少したものの、現在では“風評被害”も落ち着き観光客も戻ってきております。九州への台湾人観光客は増加傾向にあり、その要因として2014年11月に台湾で刊行された九州専門の旅行雑誌「美好九州」により九州旅行がブームになったこと、また毎年台北で開催される「台北国際旅行博覧会(ITF)」を活用した積極的な宣伝活動などが挙げられます。例えば、大分県の別府市は3年連続でのITFへの出展とトップセールスにより、以前は年間6千人だった台湾人観光客が昨年は10倍の6万人にまで回復しました。ITFの活用により、まだまだ観光客は増えると思っております。

台湾人の日本旅行の人気はもとより、日本の皆様による台湾旅行も大変な人気です。一昨年の年末年始、日本人の海外旅行先は台湾が1位、そして昨年のゴールデンウイークでも台湾が1位でありました。このような観光交流が出来ておりますのも、お互いに好感を持ち、お互いに信頼し合っている証(あかし)であると心から嬉しく思っております。私が着任した年(2013年)、人的交流は350万人を初めて突破しましたが、2016年は、実に過去最多の600万人もの往来が実現したのです。台湾では35年前から、「美好九州」という旅行雑誌の会社が「な~るほど ザ・台湾」という日本人向けの旅行雑誌を出版していて、日本人観光客も着実に増えてきておりますが、いま、日台の間には、230万の観光逆差があり、このひらきを少しでも縮めたいと努力して参りたいと思います。

 

九州各県のホテルに宿泊した台湾観光客数の推移

2015年 2016年
福岡県 45万7,710人(うち柳川市8万人) 49万8,280人
長崎県 16万7,380人 11万9,450人
熊本県 14万9,030人 12万4,270人
鹿児島県 12万9,930人 10万8,030人
大分県 8万3,670人(うち別府市6万人) 10万2,420人
宮崎県 5万9,450人 4万7,750人
佐賀県 3万0,180人 3万3,640人
山口県 6,180人 1万550人

 

(三)航空便の増便

 

現在、台湾と九州4県(福岡・熊本・鹿児島・宮崎)を結び、週に52便の航空便が定期運航しています。2016年9月14日からは桃園空港と山口宇部空港間で、9月15日からは台中国際空港と大分空港間でチャーター便による運航が始まりました。空の便がますます頻繁になり、利便性が高まっています。

また海の便についても、現在、台湾からのクルーズ船の長崎・博多両港への寄港が検討されています。昨年は、長崎・博多・八代の港への何隻かの寄港が実施されました。

 

(四)東日本大震災への義援金

 

2011年3月11日の東日本大震災に際し、台湾政府及び民間は約250億円の

義援金を日本に届けました。そのうちの99%は民間による自発的な寄付であります。2016年4月の熊本地震に際しても、台湾政府と民間はこれまでに7億円以上の義援金を贈りました。熊本地震の前に発生した台南地震に際しては、日本各界から台南に義援金を届けていただくなど、近年、台湾と日本は大きな自然災害が発生するたびに助け合い救い合ってきました。防災と減災の意味合いにおいて、両国の関係はまさに「運命共同体」といえるのではないでしょうか。

 

二、九州と台湾との経済貿易交流

 

(一)2014年、九州と台湾の貿易総額は63億米ドルであり、九経連と九州経済産業局は九州版の「日台産業協力架け橋プロジェクト」を推進し、2015年3月2日から6日まで大がかりな経済ミッションを台湾へ派遣しました。台北市でビジネス交流会が開催され、九州から17社、台湾から32社が参加し約80件の商談のうち食品関連が半分を占めました。

 

(二)日本から台湾への農水産物・食品の輸出額は952億円(平成27年)で、香港の1,793億円、米国の1,071億円に続く3位となっており、輸出品には九州産も多く含まれています。イチゴ「博多あまおう」のほか、大分の「日田梨」や干しシイタケなど、九州の農産物にとって重要な販売先といえます。

 

(三)九州経済連合会は香港やシンガポールと並び、台湾を重視しています。九経連は平成24年6月、台湾最大規模の経済団体である「中華民國工商協進会」と経済交流の促進を図る覚書を交わしました。工業やサービス業、文化コンテンツなどを含めた商談会を重ねています。

 

(四)2016年の九州と台湾の貿易関係(確定値)を見ると、貿易総額は60.3億米ドル、そのうち九州から台湾への輸出総額は4,017億円で、台湾は九州経済圏の第4位の輸出相手国です。台湾から九州への輸入総額は2,551億円で、台湾は九州経済圏の第7位の輸入相手国となっています。

 

三、台湾の「日本精神」(リップンチェンシン)

 

(一)「日本精神」は台湾語にもなっていて「ジップンチェンシン」といいます。この言葉の持つ勇気・勤勉・誠実・清潔・奉公・法治・伝統的美徳などのプラスイメージは、台湾ですでに定着しています。ですから武士のいなかった台湾でも「武士道精神」はよく取り上げられます。日本の民俗学者による調査分析では、台湾原住民と日本の「武士」のメンタリティには類似している点もあるといいます。

なかでも「奉公」については、日本には「滅私奉公」(めっしほうこう)という諺があります。公のために私心を忘れ、自己を犠牲にし、公の利益を達成することに努める精神をもっています。人は公私をはっきりわけるべきであり、私利私欲に惑わされて、団体・家庭・社会や国家にまで不幸をもたらすことがあってはなりません。正しい考えを持つ人は、多くの人々の幸福や利益のために、自我を捨て自分の権益を犠牲にする必要があるのです。人にとって「公」と「私」をわきまえることは非常に重要なことなのです。

(二)李登輝元台湾総統の著書『「武士道」解題』は日本でも出版され話題となりました。なぜ「解題」なのかという点からも、武士への敬慕は日本人だけのものではないことがわかるでしょう。武士道はアジア共通の精神的遺産だと思います。台湾で古き良き日本精神が語り継がれ、日本ではマイナスイメージばかり――そのため現在では、日本語の「にほんせいしん」と、台湾語で言う「ジップンチェンシン」とは意味するものがまったく違うという現象が生まれています。

しかし、当の日本では、この言葉に何を感じるでしょうか。軍国主義・右翼・侵略・虐殺などといった自虐的イメージしか浮かばないのではないでしょうか。

台湾で古き良き日本精神が語り継がれ、日本ではマイナスイメージばかり――そのため現在では、日本語の「にほんせいしん」と、台湾語で言う「ジップンチェンシン」とは意味するものがまったく違うという現象が生まれています。

(三)2011年3月11日に発生した東日本大震災において、日本人は秩序を失わず整然と行動し、あの悲惨な混乱の中においてさえ、他人を思いやる心を失いませんでした。これが他の国であれば略奪や暴動が起きても不思議ではない状況であり、世界は日本人の品格の高さに驚かされました。昔から日本社会においては「暗黙知」(暗黙のうちに了解する術)が出来上がっており、言われなくてもしっかり社会秩序を守る潜在意識が身に付いているのです。「礼失求諸野」――失われつつある日本人特有の尊い価値観「日本精神」を台湾に尋ね求めなければならないのではないか・・・そういった思いで現在の台湾を訪れる日本人は少なくありません。

四、日本人が台湾に残した遺産日本人は台湾に二つの遺産を残してくれました。ひとつは、近代社会の精神的基盤。もうひとつは、大和魂と明治の精神です。敗戦後の日本で忘れられてきたもの、忘れさせられてきたものが、むしろ台湾で綿々と語り継がれている事実に、日本人は目を向けなくてはなりません。先ほど申し上げたように、この大和魂と明治の精 神がおそらく今の台湾の人々の日本好きの背後にあるのです。

端的に言えば、中国はどうしても民主主義国家にはならない。けれども、台湾は紆余曲折の末に民主主義国家となりました。そもそも台湾人には日本の統治時代に、近代民主主義社会の精神的基盤が出来ていたからです。だから、李登輝時代に台湾人はすんなりと民主主義を受け入れることができたし、速やかに民主主義社会を築けたのでしょう。

日本の評論家・作家の日下公人氏は、自著や講演の中で「暗黙知」について何度も触れています。「人間社会には『隠された前提(価値) 』があるということをかつての日本人は知っていた。今も知っている日本人はいる。それが『暗黙知』である。」「東日本大震災を契機に、日本は大きく変わり始めた。これまで日本の舵取りをしていた人の信用失墜にともなって、庶民のパワーが上昇してきた。庶民の世界は昔より理屈より常識、理論より実際、理想より現実で、時代がそのようにきりかわっていくと、これまでの時代がいかに思い込みだらけであったかが、見えてくる。学校で教わったことにかわって、子供の頃、父母、祖父母から聞いた話が耳に復活してくる。日本人の暗黙知が蘇ってくる。漢語や英語ではうまく表現できないその気持ちの盛り上がりは地下のマグマが上昇してきたように感じられる。」と述べています。「暗黙知」とは日本人の庶民の世界にあるものであり、外国人には理解しがたいものでありますが、私は「暗黙知」と「日本精神」、そして台湾で尊ばれる「芝山巌精神」の根源は同じであると考えています。

日本あっての台湾、あるいは逆に日本にとっても台湾なくして日本は存在しない、といっていいでしょう。戦略的だけでなく精神的意味においても、日本と台湾はまさに精神共同体であり、運命共同体なのです。できれば、私は日本と台湾が同盟国になればいいと思っています。

いまの台湾は非常に成熟した民主主義社会になっていて、民主主義という価値観と秩序の中で生活しています。どうして台湾はそういう社会を構築することができたのかを考えると、日本の存在が見えてきます。結局、台湾を近代文明社会にしたのは日本で、台湾は明治時代の日本と同じ歩みを進めてきたのだと思うからです。日本は、欧米の植民地政策とはまったく違う政策を台湾に施しました。むしろ植民地を内地化するような諸策を打ったわけです。たとえば、内地に東京帝国大学を建てたように台湾にも台湾帝国大学を設立しました。これは搾取型である欧米の植民地政策ではありえないことです。

日本は搾取するどころか「文明」を台湾に輸出して台湾を文明社会につくり上げました。あるいは武士道や明治の精神など様々なことを台湾に伝えました。ある意味、台湾人は日本統治時代に「日本人になった」といっても過言ではありません。それは同時に近代社会を手に入れたことになるわけです。また、かつて日本人と一緒に作り上げた台湾のアイデンティティも復活してきました。そういう意味では、台湾人のアイデンティティは、最初から日本と切っても切れない関係性があるのです。

したがって、台湾の親日とは日本を「他者」として見る親日ではなくて、私から見れば「自分自身」として日本を愛しているように見えます。それはよその国が好きといった感覚ではなく、自分自身のなかの「日本」が好きなのだと思います。

 

五、日台両国青少年(次世代)交流強化の必要性について

 

台湾には、「日本語族」「日本語世代」と呼ばれる年配者が多くみられます。一方日本にも、台湾生れ台湾育ちの「湾生」といわれる方が大勢おられます。しかし、戦後72年が過ぎた今、「日本語族」「湾生」の高齢化がすすみ、日台関係の絆が薄れるのではないかと心配されています。次の世代に相互認識・相互理解を推進するために、私が約4年前に着任してから一番力を入れて進めてきた仕事は日本の高校生の台湾への修学旅行です。これまでに2回の修学旅行セミナーを開催し、九州山口における修学旅行生の数は、2014年に12校・1200名だったものが、2015年に19校・2200名、そして2016年は32校・5000名になりました。実施した高校の先生方からは、現地の高校生との生きた交流を通して大変良い教育旅行となっているという話も聞かれます。

2010年以来6年連続で実施した熊本県立大津高等学校の、第1回実施当時の校長先生は、台湾への修学旅行は生徒たちに日本人としての自覚と誇りを蘇らせてくれたとし、生徒たちが日本の先人が台湾に遺した偉業(烏山頭ダムなど)に感動し、台湾生徒の語学力とパワーに圧倒されながらも、外国体験は日本人のDNAを蘇らせているようだと「たかが修学旅行、されど修学旅行」と語っておられます。これから世界を舞台に雄飛する若者の育成に、日本から近距離で治安も良く、親日的な台湾への修学旅行を大いに推奨しておられます。

これまで、台日関係は、日本語世代に頼っている部分もありましたが、これからは次世代を担う若者に友好のバトンを渡さなければなりません。台湾では今、新しい親日世代が現れ「哈日族(ハーリー族)」という日本好きの若者が増えています。日本の高校生にはぜひ台湾へ修学旅行に行ってもらい、現地の若者との様々な体験や交流を通じてお互いを知ることで、未来の良好な関係の礎となる確かな友情を育んでいただきたいと思っております。

 

六、結論

中華民國台湾と日本両国が共通して持っている「日本精神」こそが日台両国の目に見えない強い絆であるといえます。日本の皆様には是非「日本精神」つまり「大和魂」を思い出し、取り戻していただきたい。そして、日本の若い世代の心の奥底に眠っている「日本精神」を確実に未来につなげていただきたいと思います。「日本精神」という絆で結ばれた日台がこれからも切磋琢磨し、共に輝きながら、一層緊密な友好関係を築いていけるようにと強く願ってやみません。

地理的にも歴史的にも関わりが深い台湾と九州・山口―――その強固な信頼関係を基礎に、ますますの関係発展を強く望みます。